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TOSHIさんの第3の人生の鍵になるものって何でしょう? |
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自分で経験してきたこと、例えば、おじいちゃん・おばあちゃんたちの施設にお邪魔して、日々関わってきたことや、学校も何百校とコンサートで行きましたけど、その教育現場。虐待を受けた子供たちの施設、少年院、そういう「現場」で僕は本当に様々な境遇に暮らす、生きる人々と直接、接してきた。
だから僕の場合はそういうダイレクトにやってこれた経験が今の僕の根っこになっている。だから20年前に経験したことと同じことを今経験しても、今はまた違うとらえ方があります。
やっぱり自分で確かめていく、経験していく。
ましてや自分は事実無根のことでも、いろんなバッシングを受けたりしてきたじゃないですか。そうすると正義が本当は正義じゃないって思うことだってある。白が黒に思われることもあるし、その逆もある。
だから自分で経験をして、自分の感覚を磨いていないと「何を信じたら良いか分からない時代だな」って思う。
情報操作だって、たくさんされてるし、そこには人間のエゴや私利私欲や、その人たちのある種の一定の方向性が必ず入っている。
だから「中立にはなかなかものを見れないな」って自分のことも含めて思うんです。
だから、すごく楽になっていくんですけど、最初は恐怖もありましたね(笑)
だから「あまり地位や名誉や権威があったとしても、それだけでは判断できないな」と。「話半分で聞いておこうかな(笑)」と。それは人との関わり方も同じで、その人の角度ではそう思ってるかもしれないけど、参考意見にしか過ぎない。
だから事前に人から聞いていたけど、実際に自分で接してみると全然違う人だったとか、あるじゃないですか。
だから、少しものごとを引いて見たり、それは自分のことも含めて。
歌もそうなんです。僕ね、自分が歌っている癒し系の音楽大好きなんですよ(笑)。
自分が10年間やってきた音楽に自分自身が気持が入っちゃうんですよ。僕自身の心の傷とか葛藤のところとかを僕のプロデューサーが詩で書いてくれてるから。
だから自分は歌ってて涙が出てきたり、なんかこう、思いが入り込み過ぎちゃう。
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ただ、ロックだと少し心が離れて歌える。
久しぶりにX-JAPANに戻って「I.V.」って英語の歌を歌っているけど、英語の歌ってあんまり感情が入らないんですよ。日本語じゃないから。
英語が分からなければ、ダイレクトに心に響かないでしょ。
だから割と淡々と歌えるんですよ。そうすると「良い」んですよ。
歌もあんまり気持ちが入り込みすぎると、まああえて、入れ込む世界観もアリかもしれないですが。
僕、自分のベストアルバムを作ったとき、歌い直したんですよ。それも初期のころに、自分が泣きながら歌ってるやつとか。
それをあえて、今の僕が歌ったんですよ。プロデューサーには初期のころに「入り込み過ぎてて気持ち悪いよ(笑)」って言われたのが、今になるとわかりました。
例えば変な話だけど、モノマネの番組とかあるでしょ。僕のモノマネとかしてテレビに出てくる人とかいるじゃないですか。あるいは、皆さんがカラオケにいって「TOSHIだ」って歌うとき、それをはたから見てると、「あ、かわいいな」とか「一生懸命やってるな」って思うでしょ。良い悪いは別として。
そのような「ファン的な感覚」の時は、本人になりきって歌うんです。
でもどこか変でしょ(笑)
だからそういう感じで、気持ちが入り込みすぎちゃうと、見ている人はちょっと引いちゃいますよね。だからそんな感覚で、癒し系の歌を歌っていると、すごい僕は自分の曲が好きなために気持ちが入り込みすぎちゃっていて。
それが10年ぶりに歌をとり直したら、ぜんぜん違うアプローチで淡々と歌ったら、どちらが良いかは聞く人によって違うかもしれませんが、自分の中ではすごい「楽」になっていて。まあ10年前と今が一緒だったら困ってしまいますが、やっぱり10年間経験してきた僕が、もうちょっと引けるようになっていて。
愛の歌を歌っているときは本当に10年経ってるけど、まだまだ歌えてないなと、それぐらい自分にはまだ「愛」が無いなって感覚で歌を歌っている。
ただ、10年前は「俺は愛が無いなダメだな〜(涙)」って。でも10年経って同じように「自分には愛が無いな」って。変わってないんだけど、ちょっとアプローチが違う。
自分は今のほうが聞きやすい、歌いやすいかなって思うんです。
だから何でもそのアプローチって少し一歩引いて、淡々としているのも、一つの方法としてはアリなんだなって。
いろんな経験をしてくると、自分のスタンスができてくる。
すると少し余裕をもって接することができるんだなって思うんですね。
今回のX-JAPANのコンサートでも。
まあ、直前までいろんなトラブルがあったんですが、自分の中では平常心だったんですよ。あんまり過度な期待もないし、「どうしてやろう」・「ああしてやろう」っていうのもない。
だから別に、よくインタビューで「復活ってどうですか」って聞かれても、気負ってるわけでもないし、むちゃくちゃ楽しみなわけでもないし。
10年前だったら、「こんなことしゃべんなきゃ」「こんなこと伝えなきゃ」「ここではこれを言わなきゃ」「ここではこんな風に叫ぶぞ」とか、結構台本決めてたんですよ。自分の中で。
だけど今はあんまり考えることも無く(笑)
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だから、すごく楽になっていくんですけど、最初は恐怖もありましたね(笑)
だから復活ライブ3日目のステージのときに、僕は皆さんに感謝を伝えたんですね。
それは支えてくれた皆に。復帰して、本当に5万人の人たちが迎えてくれて。
で、ここまで来るのに、「本当にこの10年間応援してきてくれた人のおかげだな」って、表面づらじゃなくて、本当に思ったんですよ。
で、他のメンバーも10年間いろいろあって、「他のメンバーもいろんな人に応援してもらってきたんだな」と。
だから他のメンバーを応援してくれた人にも、まあ彼らはステージ上でしゃべらないから、僕が代わって感謝を伝えました。
自分も当然、おじいちゃんやおばあちゃんたちにも、子供たちにも。
それでその時に僕がしゃべったことは、「世界中の子供たち。どんな辛いことがあっても、どんなにイジメられたとしても、絶対に死ぬな!」って、やっぱりそれがこみ上げてきた。
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自分が逆境の中でも、どんなに嘘八百ででっち上げられて、大切なものまで奪われ、傷つけられても、泥を飲まされようが、泥の中に這いつくばろうが、絶対に前向きに生きてきた。そうやってやってきたんですよ。
だから世界中の子供たちにも伝えたかったんですよ。そういう何か、「考えたこと」じゃないものを。
そのあと「Forever Love」って曲を歌って、がーっと熱いものこみ上げてきた。
「作ったもの」じゃない。「死ぬな!」って叫んだ時、オーディエンスが「わー」っと何か地の底からわきあがるような、東京ドームが震えた感じがあった。
今でもネット上でそのものすごい反響が続いてるんですね。
だから自分の心の底から出てきたものって言うのは、たとえ結果がどうであっても良い。でも「作ったもの」とか「準備したもの」とか、「良いものに見せようとしたもの」だと、いつまでも人の評価が過度に気になるんですね。
もちろん、自分の心の底から出てきたものでも全く気にならないわけじゃないけど、自分が言いたいことを言う、はっきり自分の中でこみ上げてきたものを伝える。
なかなか生活の中でできないけど、それが出来たとき、すごいスッキリしてるんだなって。ゆえに、人にも伝わるんだっていうことが、何となく今回のコンサートで大きく感じたことなんですよ。
誤解があったとしても、やっぱり何か一発でひっくり返せるようなパワーって言うか、それが真実っていうのかわからないけど、そういうものがあるなと実感しています。
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「音楽」にはファッションやライフスタイルにも影響を与えるところがありますが、TOSHIさんの音楽が作り出したいファッションやライフスタイルはありますか? |
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僕はどっちかっていうと「啓発性」を持った音楽、メッセージを持ったオピニオンリーダーとして、そういうものが提供できたら良いなって思います。
僕はいろんな経験してきました。もしかしたらこの僕のような経験って他の人になかなかできないかもしれない。
僕はこの紆余曲折のある人生でいろんなものを見てこれたし、体験してこれた経験って貴重だと思う。
でもこの貴重な経験を自分の中だけで収めておくわけにはいかないんですよ。
だからジョン・レノンもそうだったかもしれないですけど、やっぱり、自分の心の底からの熱いものをメッセージにしたり伝えたりしたい。
なんかそういうこと、そういうのが僕はこれからの時代、重要だなって思うんです。
そういうアーティストって今でもたくさんいると思う。
もう時代が、癒しやエコという新しい時代に入ろうとしている。だからもっともっと啓発的なメッセージを持つオピニオンリーダー的な、そういうものを音楽を通してやっていきたいなと、それにはいろんな危険も伴います。
だからいろんなジャンルの音楽もそう、経済界、政界もそう、あらゆる仲間たちと共に、そのコネクションや人脈はこの10年間の中で作ってきたので、様々な人とコラボしながら、本当に新しい時代を作る。僕は音楽を中心にそんなことをやっていきたい。
そういう音楽こそがメジャーになるべきだと思うし、本質的な事業こそ、真に成功すべきだと思うし、本質的な企業こそが上場すべきだと思う。
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